がんは日本の死因の第1位であり、アメリカでも第2位を占めています。世界では、日々がんに対する研究が進められていますが残念ながら現在でも画期的な治療法はほとんどありません。
しかし近年、近赤外線によるがん治療は副作用がなく、がんだけを攻撃できる治療法として注目を集めています。今回は近赤外線を利用した最新のがん治療についてわかりやすくまとめます。
がん細胞の特徴とは
画像引用 http://www.compassphs.com
がん細胞は、体の中で異常に増えることで正常な細胞を圧迫します。そして、増え続けることで体が正常に機能しないようにしてしまい、最終的には命を奪う怖い病気です。
体の中には、細菌やウィルス、ハウスダストなど体にとって異物であるものが毎日入ってくるといっても過言ではありません。
また、外からだけではなく、体の中の代謝でも体にとって有害な物質が発生します。しかし、健康な状態であれば、私たちの体の免疫細胞が反応し、異物を排除してくれるようになっています。
では、がんは体にとって明らかに異常な細胞であるはずなのになぜ排除されないのでしょうか。実は、がんには通常の免疫細胞の反応を低下させるはたらきがあり、好きなだけ増えることができるといわれています。
今までの研究でも、免疫細胞ががん細胞を攻撃するような治療法や、がん細胞だけに効くような薬の開発が進められていますがなかなか思うように結果を出せていません。
今までのがん治療の問題点
現在、がん治療の主流となっている治療法は、手術療法、放射線療法、化学療法の3つです。しかし、これらの治療には必ず副作用がつきまといます。
手術療法では極力がんだけを取り除こうと努めますが、正常な細胞を一切取り除かないということは難しいです。また、臓器の一部をがんと共に手術で摘出するので、どうしても臓器としての機能が低下してしまう可能性があります。
例えば、腎臓がんに対して手術療法を行った後では摘出した腎臓の分だけ腎機能が低下する可能性があるので、手術後は腎臓に負担をかけないような食生活を心がける必要があります。
がんに対して反応するように開発された治療法が放射線療法と化学療法ですが、どちらの治療も残念ながら正常な細胞も一緒に攻撃してしまうため副作用が伴います。
がんの大きさが大きい場合や転移がある場合には、放射線療法や化学療法を何度も行わなくてはいけないため、副作用も大きくなります。
副作用のために治療を継続できなくなる患者も多く存在します。例えば食道がんに対して放射線療法を行うとがんは改善したとしても、放射線をあてた粘膜に傷がついて飲み込みがうまくできなくなることもあります。
このように、がんは今までの治療法では副作用が出る可能性が高く、治療したとしても完全に治すことは難しいため、早期に発見し、早期に取り除くことが目標になっています。
しかし、がんの中には症状がなかなか出ないため発見されにくいものや他の臓器に転移しやすいものもあり、早期発見・早期治療がかなわないことも多いです。
そこで注目されているのが、今回紹介する近赤外線を利用した最新のがん治療です。
近赤外線による最新のがん治療とは
米国国立衛生研究所(NIH)の小林久隆氏が率いる研究チームは、2011年11月に世界で初めて近赤外線によるがん治療について「Nature Medicine」誌に発表しました。
小林氏は、京都大学医学部卒業後に同大学院で医学博士を修得し、その後アメリカでがんに対する研究を続けていました。世界で活躍する日本人として2012年に日本政府から表彰されています。
米国国立衛生研究所(NIH)の小林久隆氏
近赤外線療法を使用したがん治療は、近赤外線光線免疫治療法ともよばれています。光免疫療法は、まずがんを発症させたマウスを対象に有効性が確かめられました。
具体的にどのような治療法かというと、まずがん細胞だけに反応する抗体に、近赤外線をあてると化学反応を起こす物質(IR700)をつけて血管内に注射します。抗体はがん細胞に到達すると結合するので、そこに近赤外線をあてると化学反応によりがん細胞だけ破壊します。
がんを破壊するのに必要とする時間は、たった1-2分です。近赤外線は、テレビのリモコンなどに使われているような光で人体の深いところまで到達しますが無害と考えられています。
化学反応を起こす物質であるIR700は、もともとは水に溶けない物質でしたが中にシリカといわれる物質を入れることで水に溶けるように工夫をしています。
注射後に1日で尿中に溶けて排出されるので、安全性が確認されています。また、がんに結合する抗体に関しても毒性が少ないことが証明されているものを使用しています。
近赤外光線免疫治療法の注目すべき点
近赤外光線免疫治療法が画期的と称賛され、注目されているのはなぜなのでしょうか。その最大の理由は、副作用がなく、がんだけを破壊する治療法だということです。
今までのがんの治療法は、どうしても正常な細胞も一緒に傷つけてしまうので副作用が起こることが多いです。また、抗がん剤を使用する化学療法においては、体に蓄積していくので使用量の制限があります。
一方、近赤外光線免疫治療法では赤外線ががん細胞だけに作用するので副作用がなく、たった1日でがんを消滅することができ、体に無害な光なので繰り返し治療を行うことも可能です。
実際に近赤外線光線免疫治療法は、皮膚がん、食道がん、大腸がん、肝臓がん、すい臓がん、腎臓がんなど全身のがんの80-90%に対して効くのではないかと期待されています。
引用 http://www.mugendai-web.jp/
また、研究チームは治療法を応用させて、転移したがんにも効くように研究を行いました。具体的には、がん細胞を直接破壊するのではなく、がん細胞を体の免疫反応による攻撃から守っている細胞にIR700をつけた抗体を結合させて赤外線をあてて破壊します。
がんを攻撃しないように守っている細胞が破壊されてしまうので、結果的に通常通り免疫細胞が活性化され、今まで攻撃できなかったがん細胞を壊し始めます。
そして、がん細胞を攻撃するように活性化された免疫細胞は血液の流れに乗って全身へ運ばれ、数時間以内に転移したがんを攻撃します。
さらに、近赤外光線免疫治療法の注目すべき点は、費用の安さと患者の負担の軽さです。近赤外線を発生させる装置は約300万円なので、一般的な医療機器に比べると2桁くらい安いといわれています。
しかも副作用がなく、1-2分でがん細胞を破壊できるため日帰りの外来治療が可能です。入院で行う場合も1日で十分といいます。臨床試験で近赤外光線免疫治療法を受けた患者は、「体の負担が少なくて楽なので、効果があるのであればぜひまたやってほしい」と言うそうです。
このように近赤外光線免疫治療法は今までのがん治療を根本からくつがえすような注目すべき治療法です。
オバマ大統領も期待!2014年にはアメリカで名誉ある賞を受賞
アメリカの大統領は、議会に向けて国の政治の現状や主な政治方針を説明するために毎年1月に一般教書演説を行います。
オバマ大統領による2012年の一般教書演説では近赤外線光線免疫治療法がとりあげられ、米政府の研究費でがん細胞だけを殺す新しい治療法が実現しそうだと紹介されています。小林氏が研究している施設では、新しい情報を大統領が住むホワイトハウスに届けるようになっています。
2011年に論文で研究成果を発表した後も、ホワイトハウスに報告したそうですが特に反応がなく不思議に思っていました。しかし、大統領演説のインパクトを出すために外部へもれないように黙っていたということが後になってわかったそうです。
2014年には研究の素晴らしさが称えられ、米国研究者にとって名誉ある賞であるNIH長官賞を受賞しています。
まずはアメリカで実用化の予定
動物実験で有効性が確認され、信頼性が高い治療法は国によって承認された後に、実際にヒトを対象に臨床試験を行うことが許可されます。
近赤外光線免疫治療法は、アメリカ食品医薬品局(FDA)に2015年4月に臨床試験を行うことが認められました。最初の臨床試験は、首から上の部分に扁平上皮(へんぺいじょうひ)がんとよばれるがんができている患者10名を対象に行われ、問題なく終了しています。
対象となった10名は、手術後に放射線療法や化学療法を行っても再発を繰り返すため、臨床試験に参加した患者でした。
2016年現在は、30-40名の患者を対象に治療効果の有無を評価する臨床試験を行っています。近赤外光線免疫治療法は副作用がないだけでなく、抗がん剤のように使用する量の制限がないため、何回でも治療を行えるという利点があります。
実際に臨床試験では、一度で改善しなかった患者に対して繰り返し治療を行い、その効果を評価しているところだそうです。
一般的に、今回の臨床試験の後には従来のがん治療と近赤外光線免疫治療法の比較を検討する臨床試験を行わなければいけません。
しかし、現在行っている臨床試験で一定の治療効果を得ることができれば、対象となる患者数を増やし比較検討の臨床試験は省略しても新しい治療法として認可される可能性があります。
その方が、より早くがんで苦しむ患者を救える可能性が高くなるため、研究チームは現在の臨床試験でよい効果が出ることを願っています。もし予想するような結果が得られれば、2-3年後つまり2020年頃までには新しい治療法としてアメリカで認可されることが期待できます。
アメリカで認可されると、日本でも臨床試験を経て実用化される可能性が高まりますので今後の経過に注目していきたいです。
まとめ
副作用がなく、がん細胞のみ死滅させる画期的な治療法である近赤外光線免疫治療法についてまとめました。現在は、がん患者を対象に臨床試験が行われており、早ければ2-3年後にアメリカで実用化されるかもしれません。
効果が認められるようであれば、早く日本でも認可され一人でも多くのがん患者が救われることが期待されます。
参考引用元
http://www.nature.com/nm/journal/v17/n12/full/nm.2554.html
http://stm.sciencemag.org/content/8/352/352ra110
http://www.mugendai-web.jp/archives/6080
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO06333360R20C16A8TJM000/
http://www.asahi.com/articles/ASJ8K2BWWJ8KUHBI006.html
http://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/snapshots/special_issue/tsutaeru/201312_special_issue01
http://www.nippon-heater.co.jp/designmaterials/infrared/
https://www.youtube.com/watch?v=tVEAdMfmmqg
ライター紹介:大塚真紀
東京大学大学院医学系研究科卒。腎臓、透析、内科の専門医。医学博士。
東京で内科医師をしていましたが、現在は主人の留学についてアメリカに滞在中。医師歴は10年で、腎臓と透析が専門です。アメリカでは専業主婦をしながら、医療関連の記事執筆を行ったり、子供がんセンターでボランティアをして過ごしている。医師としての記事の監修、医学生用のコンテンツ作成経験有。