がん細胞の特徴とワールブルグ効果に着目した、がんの治療法とは

がんを理解するために知っておきたいワールブルグ効果

がんは長い間、日本人の死因第1位であり、2人に1人はがんを発症する可能性があるといわれています。日本だけではなく世界中でがんを治療する薬の研究や開発が進められていますが、残念なことにがんを根治できる治療法は現時点で見つかっているとはいえません。

がんは、私たちの正常な細胞と違った特徴をもっており、それをよく理解することががん治療の一歩ともいえます。今回は、がんに対する理解を深めるために知っておきたいワールブルグ効果について解説します。

画像引用 http://d.hatena.ne.jp/wadahiromi/20130810/1376108030

ワールブルグ効果とは、「がん細胞において、酸素が十分にある状態にも関わらず、ミトコンドリアによる好気的代謝を行わずに嫌気的代謝を行っている」ということをさします。

がん細胞の特徴とは

がんを治療するためには、まずがんの特徴を捉える必要があります。世界の研究者たちは、がんの性質を理解し、がんを標的とした薬の開発に励んでいます。

現時点でがんに対して行われる治療法には、手術、化学療法、放射線療法、免疫療法などがありますが、どの治療法もがんだけでなく正常な細胞も傷つけてしまう可能性があり、合併症や副作用が起きることがあります。

しかし、がんは放っておくと異常な速度で増えていき、正常な細胞を圧迫し機能しなくなるように仕向けるため、なるべく早く発見し治療することが理想とされています。

ひとことでがんといっても、胃がんや大腸がん、すい臓がん、乳がんなど、多くの種類があり、原因もさまざまです。がんの原因としては、遺伝子や食生活、喫煙、ウィルス感染、ストレスなどが挙げられています。

一方で、がんに共通する特徴もあります。有名な論文で発表されたがん細胞における6つの特徴は以下のようになります。

1, 細胞が異常に増えていく

2, 異常な細胞であるのに、体の中で排除されない

3, がんを栄養する新しい血管を作っていく

4, 死滅しない細胞を複製し続ける

5, 正常な細胞へ浸食や転移をする

6, がん細胞の成長を抑制しようとする体内の攻撃から巧みに逃れる

今回紹介するワールブルグ効果とは、これらのがん細胞の特徴を説明する1つの鍵となっています。

ワールブルグ効果の理解に重要なミトコンドリアのはたらき

ガン細胞とは、ミトコンドリアが衰弱してATP(生体エネルギー)が作れないために、解糖系(乳酸系)でATPを作って生き延びようとする細胞です。解糖系は糖質からしかATPを作れません。

生物学や医学を学んでいる方は、なんとなくイメージがつくかもしれませんが、わかりやすく理解するためにはまずミトコンドリアのはたらきを知る必要があります。

画像引用 http://d.hatena.ne.jp/wadahiromi/20130810/1376108030

私たちの体は、多くの細胞の集まりでできています。そして、細胞の中にはミトコンドリアとよばれるものがあります。ミトコンドリアの大きな役割として、体を正常に動かすためのエネルギー産生が挙げられます。

ミトコンドリアは、酸素を使ってブドウ糖からATP(アデノシン-3-リン酸)というエネルギー源を産生します。酸素を使用してエネルギー源となるリン酸を産生するため、好気的代謝または酸化的リン酸化とよばれています。

酸化的リン酸化の大きな特徴は、酸素を利用するだけでなく、多くのATPを産生できることです。具体的には、36分子のATPを産生できます。

では、ワールブルグ効果で注目されたがん細胞で行われている嫌気的代謝とはどういうものなのでしょうか。

ワールブルグ効果とは?

画像引用 http://ameblo.jp/kurosukehazama/entry-11696421227.html

ワールブルグ効果とは、「がん細胞において、ミトコンドリアにおける酸素を利用した酸化的リン酸化が低下し、酸素がある状態にもかかわらず酸素を使用しない嫌気性解糖系によるエネルギー産生を行っている」というものです。

先に説明したように、ミトコンドリアで酸素を利用して行われる酸化的リン酸化では、36分子ものATPが産生できます。一方で、ワールブルグ効果で注目されたがん細胞でさかんに行われている嫌気性解糖系ではたった2分子のATPしか産生されません。

がん細胞の特徴として、「異常に増える」というものがありましたが、細胞が増えるためにはエネルギー源であるATPをたくさん産生できる酸化的リン酸化の方が有利なように思われます。

しかし、嫌気性解糖系にも良い点があります。ミトコンドリアではなく細胞質とよばれる所で行われる嫌気性解糖系はその名の通り酸素を必要とせず、行程も単純であるため酸化的リン酸化に比べて速いスピードでエネルギーを産生できます。

がん細胞は増殖するために多くのエネルギーを必要とするので、例え少ない量だとしても速いスピードでエネルギーが得られるのであればよさそうです。

ワールブルグ効果は、1923年ごろからドイツのオットー・ワールブルグ博士のグループが発見した現象でいくつかの論文によって発表されました。

ワールブルグ博士は、がんにおける特徴的な代謝を理解することが未来の治療につながると考えたようです。実際に、ワールブルグ効果はその後さまざまながんにおける研究で実証され、現在に至るまで重要な研究テーマとなっています。

しかし、現在までに行われているいくつかの研究で、がんの中にはワールブルグ効果だけでは説明できない、つまり嫌気性解糖系がさかんではないがんもあることがわかっています。

現在は、ワールブルグ効果も尊重しながら、当てはまらないがんにおいては違う特徴を考慮して研究、治療開発する必要があると考えられています。

なぜ、がん細胞でワールブルグ効果が見られるのか

酸素がある状況では、基本的に体の中ではエネルギーをたくさん産生できる好気代謝(酸化的リン酸化)が行われます。

そのため、ワールブルグ博士たちはがん細胞が酸素のある状態でも嫌気的代謝(嫌気性解糖系)を行っていることを発見した時に、ミトコンドリアの機能が低下しているため好気的代謝ができないのではないかと考えていました。

しかし、その後の研究でミトコンドリアの機能が低下しているのではなく、がん細胞はあえて嫌気的代謝を好んで行っていることが明らかになっています。

がん細胞においてワールブルグ効果が見られる原因について、今までいくつかの仮説が立てられてきました。

例えば、がんを栄養する血管が新しく作られるまでは低酸素の状態にさらされるので、その状況に対応できるように酸素がなくてもエネルギーを産生できるようになった、がんは豊富な血管に栄養されるようになるので血液中のブドウ糖を好きなだけ使えるため酸素を使用しない非効率な代謝でも問題がなかった、などといわれていました。

しかし、血管が行き届かない組織においてもワールブルグ効果が認められることが明らかになり、これらの仮説は否定されました。

一方で、他の学説では、がん細胞増殖のためにはエネルギー源となるATP以外の物質、例えばアミノ酸やリン脂質、脂肪酸などが必要で、それらの産生のために解糖系を回した方が結果的にバランスよく生成できるからではないかといわれています。

アミノ酸やリン脂質の生成には炭素骨格やNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)とよばれる物質が必要です。

つまり、好奇的代謝(酸化的リン酸化)ではエネルギー源となるATPは36分子もできるものの、NADPHや炭素骨格が足りなくなってしまう可能性があります。

バランスよくアミノ酸やリン脂質などを産生するために嫌気的代謝を行った方が、がん細胞の増殖のためにはよいということです。

ワールブルグ効果に着目したがんの検査とは

がん細胞は、酸素がある状態でも嫌気性解糖系をさかんに行うワールブルグ効果によって、ATPだけでなく、アミノ酸や脂肪酸などの産生をバランスよく行っていることがわかりました。結果として、がん細胞の増殖に有利な代謝が行われていることになります。

実際の臨床において、がん細胞に特徴的なワールブルグ効果を利用した検査が、がんの診断のために行われています。検査名は、FDG-PETとよばれています。

がん細胞では、ワールブルグ効果で示されたように嫌気性解糖系が亢進しており、ブドウ糖の取り込みがさかんに行われていることが多いです。

具体的には、正常な細胞に比べて約3-8倍といわれています。検査薬であるFDG(フルオロデオキシグルコース)はブドウ糖のことで、体内にあるがん細胞に取り込まれ集積します。FDGを注射した後に写真を撮ることで、がんの有無、がんの範囲、がんの再発の有無などがわかります。

CTやMRIなどの画像検査に比べて、より正確にがんの状態を把握できる可能性が高く、他の検査では見つからなかったような約1cmのがんもFDG-PETでは発見できることもあります。

ただし、ワールブルグ効果が全てのがんに見られる現象ではないとわかっているように、FDG-PETでも検索しづらいがんもあるので検査の適応は慎重に判断されます。

ワールブルグ効果に着目したがんの治療法とは

ワールブルグ効果は、がんの代謝に注目した発見という点で画期的でした。ワールブルグ効果をもとにがんの代謝を抑制する治療法の研究が進められ、今まで多くの論文が発表されています。

例えば、がん細胞でさかんに行われている嫌気性解糖系に必要な酵素を阻害するとエネルギー源であるATPの産生が滞り、がん細胞の増殖を抑制できたとする報告があります。

抗がん剤が効きづらかったがんに対して、嫌気性解糖系に必要な酵素を阻害することによって抗がん剤が効きやすくなったとされる研究もあります。

他にも、嫌気性解糖系ではなく、酸化的リン酸化を活性化させることでがん細胞が体の中から排除されやすくなるという報告があります。また、がんの漢方治療で用いられている生薬には嫌気性解糖系を阻害する作用があることが確認されています。

ワールブルグ効果をもとに、有効ながんの治療法を見つけるために日々研究が進んでいます。実際にヒトに対して薬を投与した時に、がんを縮小または死滅させる効果があるかどうか十分に検証されることが期待されます。

まとめ

がんの理解のために重要なワールブルグ効果についてまとめました。ワールブルグ効果は、がんを代謝という側面からとらえたという点で画期的な発見といえます。

ワールブルグ効果をもとにした研究は、今日でも続いています。今後がん治療に有効な薬が開発され、1人でも多くの方が救われることが望まれます。


ライター紹介:大塚真紀

東京大学大学院医学系研究科卒。腎臓、透析、内科の専門医。医学博士。

東京で内科医師をしていましたが、現在は主人の留学についてアメリカに滞在中。医師歴は10年で、腎臓と透析が専門です。アメリカでは専業主婦をしながら、医療関連の記事執筆を行ったり、子供がんセンターでボランティアをして過ごしている。医師としての記事の監修、医学生用のコンテンツ作成経験有。

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